壁で分断された東西冷戦の象徴「ドイツ・ベルリンの壁」

言わずと知れたドイツの首都、ベルリン。ベルリンは東ドイツの中心部に位置しており、町の一部である西ベルリンを取り囲むように壁が建設されていました。つまり、西ベルリンは共産圏の真ん中に、飛び地のように存在する陸の孤島だったわけです。そんな歴史がわずか25年前まで、この地で起こっていたわけです。戦争の悲惨さに巻き込まれ、ある日突然街を分断する壁が現れ、家族や友人、愛する人と決別を余儀なくされた、人々の心情を思うと胸が痛みます。

ベルリンの壁

ベルリンの壁の一部
photo by nekoblog.com

ドイツの首都であり、ドイツ最大の都市であるベルリン。
 
つい25年前まで、ベルリンという街は壁によって分断されていました。

 

ベルリンの壁の歴史

ベルリンの壁 壁画
photo by デュッセルドッグ.com

1990年まで続いた冷戦時代、資本主義の西ドイツと、ソ連社会主義の東ドイツの経済格差は徐々に大きくなっていきました。
 
東ドイツの経済が悪化していくのに対して、西ドイツと西ベルリンの経済は成長を続け、市民の生活も格段に豊かになりました。
当初、東西ベルリンの行き来は自由だったので、自由で良い暮らしを求めて、東ベルリンから西ベルリンへ亡命する人は増える一方でした。
 
国家存続の危機を感じた東ドイツは、東の人々が西に逃げられないように壁を作ろうと考えて実行します。
1961年8月13日、東西ベルリンの境界線が封鎖され、西ベルリンをぐるりと取り囲む壁が一夜にして作られました。
ある日突然出現した壁によって、家族や友人と二度と会えなくなってしまった人たちがたくさんいたのです。

 

ベルリンの壁崩壊

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photo by blogs.yahoo.co.jp

ベルリンの壁崩壊とは、ベルリンの壁が1989年11月10日に東西ベルリン市民によって破壊開始された事件です。
 
東欧革命を象徴する事件として世界中で知られている出来事です。
ベルリンの壁崩壊後、そのほとんどは撤去されたものの、一部記念碑として残されているところもあります。
「イーストサイドギャラリー」や「壁博物館」などがあります。

 

イーストサイドギャラリーとお土産

ベルリンの壁 壁画
photo by ドイツ連邦共和国大使館.com

東駅(Ostbahnhof)を出てシュプレー川沿いにオーバーバウム橋(Oberbaumbrücke)まで続く全長1.3kmの壁に、絵が描かれた「イーストサイドギャラリー」があります。
 
損傷が進んでいたため、壁崩壊20周年を機に描き直されました。
21か国118人のアーティストたちのメッセージが込められた絵は見応えたっぷりで、露天にてお土産物の様々なベルリンの壁グッズを購入することができます。

 

ホーネッカーとブレジネフの熱いキス

ホーネッカーとブレジネフの熱いキス
photo by newberlintours.com

これは、ベルリンの壁で最も有名な壁画です。
 
「ホーネッカーとブレジネフの熱いキス」と呼ばれる作品で、東ドイツの歴史を象徴する作品でもあります。
 
東ドイツの国家評議会議長であったエーリッヒ・ホーネッカと、ソ連最高指導者レオニード・ブレジネフの熱いキスは、男性同士のキスが文化として存在したソ連においてアーティストのドミートリー・ヴルベルによって撮影されたものです。

 

ベルリンの壁 壁画
photo by デュッセルドッグ.com

現在、残念なことに、ベルリンの壁は多くの落書きで埋め尽くされています。
特に柵などもなく、誰でもいつでも立ち入ることができるため、多くの人がアートの上から文字を書き連ねているのです。
それは、少し残念な光景でした。

 

ベルリンの風景
photo by 0222pon.com

ドイツ最大の都市であるベルリン。
統一からわずか24年しか経っていませんが、目覚ましい発展を遂げ、世界有数の観光都市となっています。
 
その歴史に思いを馳せながら、是非街歩きをしてみてはいかがでしょうか。

 


 
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