はじめに
「キャンベラ(Canberra)」とは、先住民族の言葉である「ナナワル(Ngunnawal)語の「カンベラ(Kambera)」が由来で、「人々が集う場所」と言う意味だそうです。
1770年にイギリスの海軍士官で海洋探検家だったジェームズ・クックがシドニーのボタニー湾に上陸したのを機に、イギリス人がオーストラリアに入植するようになりました。オーストラリアは現在でもイギリス連邦加盟国の一国ではありますが、1901年に自治領として、イギリスからの独立を果たしています。
独立するともに、オーストラリアの首都選定を巡り、当時既にオーストラリアの二大都市となっていたシドニーとメルボルンの間で熾烈(しれつ)な争いが繰り広げられました。この争いは長い間なかなか解決の糸口が見出せず、当時のオーストラリア政府が、「シドニーとメルボルンの中間地点であるキャンベラを首都とする」という妥協策を提案し、1909年、キャンベラがオーストラリアの首都に選ばれました。
首都に選定されたキャンベラは計画都市として設計され、そして誕生した、いわば特殊な歴史を持つ都市です。都市設計にあたっては世界中からデザインを募りコンテストを開催され、その結果、幾何学上のパターンを採用した都市計画を提案した、シカゴの建築家ウォルター・バーリー・グリフィンの計画が採用され、キャンベラは、人造湖のバーリーグリフィン湖を中心にランドマークが建設され、これらは今なおキャンベラの美しい景観を形成しています。
キャンベラはオーストラリアの首都機能を有するため、国会議事堂や高等裁判所、そしてさまざまな官庁が所在しており、オーストラリア国内では「公務員の街」のイメージが定着しています。しかし、国立美術館や国立博物館をはじめとする多くの文化的な施設もあり、一年を通じて他州からの観光客や修学旅行客で賑う観光都市でもあります。
政治に触れる
計画された人工都市であるキャンベラは、広大な人工湖、バーリーグリフィン湖を中心に放射状に広がっています。キャンベラの観光名所の多くがこの周辺に点在しているので、時間に余裕があれば歩いて移動できます。
首都キャンベラは、オーストラリアの政を司ってきました。
現在も官公庁や各国大使館が建ち並び、オーストラリア国内では「公務員の街」のイメージが定着しています。キャンベラに来ればオーストラリアの政治史を学び、そして政治の現場に触れることができます。
国会議事堂(Parliament House)
1988年に完成した現国会議事堂は、キャンベラ市街の中心に位置するキャピタル・ヒル(Capital Hill)に位置します。風がある日には雄大にたなびくオーストラリア国旗が印象的です。
現議事堂内は、オーストラリアの天然樹木そして大理石がふんだんに使われていて、気高い雰囲気を醸し出しています。議事堂内の中心に位置する議員ホールでは、エリザベス 女王をはじめ、歴代の総督や首相などの肖像画を、また、大ホールでは13人の織り手が2年以上の歳月をかけて完成したという、世界最大級のタペストリーが展示されています。
現議事堂は広く国民一般に開かれたものにしようと、建物の大部分は丘の下に建てられ、美しい芝で覆われた丘は誰でも自由に歩くことができ、「政治家たちは国民の足元で働いている」というメッセージが込められていました。
しかし2017年に、セキュリティー強化の観点から、丘の上にはフェンスが張り巡らされ、これまでのように芝の上を歩くことはできなくなりました。この丘を訪れる観光客は、記念に芝の上を転がり落ちて楽しむ人も多かったそうで、フェンスが完成する前には、「最後の一転がり」を楽しもうと、300人を超える人々が集まり、芝の上を転がり落ちたそうです。
旧国会議事堂(Old Parliament House)
現国会議事堂の手前に見える美しい白亜の建物が旧国会議事堂です。1920年代に建設された旧国会議事堂は、1927年から現在の国会議事堂が完成するまでの60年余りに渡り、オーストラリアの民主主義の行方を見守り続けました。現在では国の重要文化財として、建物はもちろん家具などの調度品の数々も大切に保存されています。
現在は、「オーストラリア民主主義博物館(Museum of Australian Democracy)」という名前でも親しまれていて、現在のオーストラリア政治を形成している人々や行事について、またオーストラリア社会の変化を求めて運動した人々の物語などについても展示物を通じて学ぶことができます。
旧国会議事堂の正面玄関前では「アボリジナルテント大使館(Aboriginal Tent Embassy)」の小さなサインを目にします。オーストラリアの先住民族アボリジナルの人々が人権向上などを求める抗議活動の一環として、この場所に陣を取りました。1972年に姿を表して以降幾度となく撤去を余儀なくされましたが、現在ではキャンベラのランドマークの一つになっています。
最近では、ユーモアたっぷりの政治風刺画なども定期的に展示していて、多くの人たちが足を止めて笑みを浮かべています。
オーストラリア戦争記念館(Australian War Memorial)
ドーム型の屋根が印象的なオーストラリア戦争記念館は、戦争で犠牲になった兵士たちに敬意を表するために設立されました。ここには、オーストラリアが参戦した戦争に関する資料や武器、遺品などが多数展示されています。
太平洋戦争関連の展示品コーナーには、シドニー湾の海底で発見された旧日本軍の特殊潜航艇他、旧日本軍関連の品々も多数展示されています。
中庭の上の回廊の壁には、国のために犠牲となった人々の名前が刻まれていて、その横には友人や遺族によって供えられたポピー(けしの花)の真紅の花びらが、ここを訪れる人々の目に、そして心に焼きつきます。このポピーには「戦没者を忘れない」というメッセージが込められているといいます。
芸術に触れる
キャンベラは芸術施設も充実していて、どの施設でも定期的に趣向を凝らした特別展示会やイベントが開催されています。
これらの芸術施設も新旧国会議事堂から徒歩圏内に位置しており、それぞれの施設にお洒落なカフェが併設されていることから、ランチタイムに足を運ぶオフィスワーカーも多いようです。
オーストラリア国立美術館(National Gallery of Australia)
オーストラリア最大の美術館であるオーストラリア国立美術館には、11のギャラリーがあり、16万点を超える作品が所蔵されています。
オーストラリアの伝説の英雄ネッド・ケリーを描いた作品が有名な、オーストラリアを代表するアーティスト、シドニー・ノーランの作品を始め、世界的にも著名なアーティストの絵画や彫刻、そして世界各地の芸術作品が展示されています。
数々の工芸品の中には、キャンベラを拠点に活躍する日本人ガラス造形作家、浅香昌弘(あさかまさひろ)の作品も展示されています。2012年にダライ・ラマ法王14世がキャンベラを訪問した折、ACT政府が浅香の作品を法王に記念品として寄贈したことで、浅香は一躍脚光を浴びました。氷のように繊細な浅香の作品の美しさに、訪問者の多くは立ち止まり、そして息をのみます。
定期的に開催される特別展示会やイベントなどには、他州から訪れる多くのアートファン達で賑わいます。館内のみならず、館外にもアート作品が展示されているので、ゆっくり時間をかけて鑑賞したい施設です。
国立ポートレート美術館(National Portrait Gallery)
国立ポートレート・ギャラリーは、オーストラリア国立美術館に隣接しています。モダンな外観と自然光が差し込む明るい館内が印象的な施設です。政治家、ミュージシャン、スポーツ選手などの肖像画をはじめ、肖像写真、肖像彫刻が展示されています。
作品は全てオーストラリアの作家たちが手がけたもので、作品のモデルもオーストラリアで功績のある人物が多いことから、外国からの訪問者にとっては「いまひとつ」という印象を持たれるかもしれません。しかし、展示物は芸術作品としての面白さがあり、少し違った芸術鑑賞が楽しめます。
館内にあるギフトショップも、ユニークな贈り物が見つかると好評で、地元の人たちも良く利用します。また館内のカフェでは、バーリー・グリフィン湖を眺めながら地元の食材をふんだんに使った料理に舌鼓を打つことができます。
自然と触れ合う
キャンベラは内陸部に位置するので、四季を通じて乾いた空気を肌で感じます。夏は暑く、冬は寒いというキャンベラの気候は日本のそれとかなり近いと言えます。
ですから、春には桜や梅が街路を彩り、そして秋には赤や黄色に衣替えした樹木の美しさを街の至る所で堪能できます。
バーリーグリフィン湖(Lake Burley Griffin)
バーリーグリフィン湖はキャンベラの中心に位置し、四季を問わず多くの人が訪れる市民の憩いの場です。官公庁街から近いので、昼時には多くの人がウォーキングやジョギングをする姿を目にします。また、カヤックやヨットなどのウォータースポーツも盛んに行われています。
バーリーグリフィン湖の湖畔では、さまざまなイベントも催されます。中でも、毎年9月〜10月に開催される「フロリアード(Floriade)」は、南半球最大の花の祭典と称されます。湖畔に位置する「コモンウェルスパーク(Commonwealth Park)」には100万本以上にも及ぶという花々を観ようと、毎年40万人を超える人々が訪れます。
フロリアードの期間中、4夜限定で開催される「ナイトフェスト(Night Fest)」(有料)では、イルミネーションで彩られた幻想的な灯りに包まれながら食事やワインを楽しむことができます。ライブミュージックや子供向けのエンターテインメントなどもあり、家族全員が楽しい夜の一時を過ごせると人気を博しています。
ナショナルアーボレータム(National Arboretum)
オーストラリアの夏は、森林火災が猛威を振るう恐ろしいシーズンです。首都キャンベラも例外ではありません。ナショナルアーボレータムは、森林火災で失われてしまった森を再生させるべく作られた施設です。
2013年1月にキャンベラで起こった大規模な森林火災では、非常事態宣言が出され、400件以上の家屋が消失し、2,500名にも及ぶキャンベラ市民が避難を余儀なくされました。「この悲劇を乗り越えて、立ち直っていくキャンベラのシンボルになるように。」との願いを込めて再生計画はスタートしました。
コンペティションの結果、世界中の希少とされる樹木を植林し、新しい森を作るというコンセプトを掲げた『森林百景と庭百景』という計画が選ばれました。この計画に従って、ナショナルアーボレータムでは今なお継続的に植林作業が行われています。
キャンベラ市街を一望できるナショナルアーボレータムには、子供連れで訪れる人が多いようです。この森が形を変えていく様を子供達の目に焼き付けたいという思いで、定期的にここを訪れるキャンベラ市民も少なくありません。入口前のプレイグランドにはどんぐりを模した遊具があり、子供達に大人気です。
ナマジ国立公園(Namadji National Park)
キャンベラから車で45分程のナマジ国立公園では、オーストラリアの雄大な景色が目の前に広がります。オーストラリアンアルプス(Australian Alps)で最も手つかずの生態系が残されているというこの公園では、オーストラリアならではの、ユーカリの一種、スノウー・ガムの木やアルパイン・アッシュの森林を散策できます。
ここでの散策は、歩いて、マウンテンバイクで、馬の背中に揺られながら、などなど様々な手段で楽しめます。またロッククライミングやアブセイリングなどの本格的なアウトドアアクティビティ、そして冬にはクロスカントリースキーも満喫でき、多種多様に自然と触れ合うことができます。散策中にはコアラ、ワラビー、カンガルー、カモノハシといったオーストラリアの野生動物達にも出会うかもしれません。
ナマジ国立公園では、オーストラリアの先住民族アボリジナルの人々の歴史にも触れることができます。氷河期には、この地はナナワル族(Ngunnawal)が居住していたとされ、彼らが当時使っていた居住跡や、儀式に使われた石の遺跡、ロック・アートなどが残されています。特にお勧めしたいのはティドビンビラ自然保護区(Tidbinbilla Nature Reserve)の近くにあるビリガイ・タイム・トレイル(Birrigai Time Trail)です。ここでは、アボリジナル最古の遺跡とされるビリガイ・ロック・シェルター(Birrigai Rock Shelter)を見学することがきます。
ナマジ国立公園から程近くに位置するCanberra Deep Space Communication Complex(キャンベラ深宇宙通信施設)は、NASAのジェット推進研究所によって運用されているディープスペースネットワーク(DSN)施設の一つです。ビジターセンターも完備されているので、宇宙の神秘についても触れることができます。もちろんスペースセンターを象徴する大きな通信アンテナも見ごたえ抜群です。
童心にかえる
クエスタコンー国立科学技術センター(QuestaconーNational Science & Technology Centre)
何度訪れても楽しめるスポットが、クエスタコンの名前で親しまれる国立科学技術センターです。クエスタコンはクエスト(探求)とコン(学ぶの接尾辞)を合わせた造語で、毎年40万人を超える人たちが科学技術を探求し、学ぶ機会を求めてここを訪れます。
1988年にオープンしたこの施設は、オーストラリア建国200周年を記念した共同事業の一環として建設されました。日豪間の友好の証として日本の官民が建設費の半分を拠出し、現在でもさまざまな協力イベントが行われています。
クエスタコンの展示物は体験型のものが多く、実際に展示物に触れながら科学技術を学ぶことができます。全長6メートルの滑り台「フリーフォール(Free Fall)」やLED照明で照らされたトンネル内で錯視体験ができる「ロトトロン(Rototron)」などのスリリングな展示物は特に人気があるようです。
館外の展示物も暗号解読に挑戦できる「エヌクリプト(Nkrypt)」や日時計「Fundial(ファンダイアル)」など、大人も子供も楽しめるものが盛りだくさんです。
コッキントングリーンガーデンズ(Cockington Green Gardens)
チューダー様式の建物が目印のコッキントングリーンガーデンズは、キャンベラの中心からは車で15分ほどのところに位置しています。
個人で運営しているというこの施設では、綺麗に整備された庭園の中に世界の建築物を再現したミニチュアの世界が広がります。敷地面積はそれほど大きくありませんが、どこを歩いても趣向を凝らした展示物に目を奪われます。
ミニチュア蒸気機関車に乗って、風を全身に受けながらミニチュアの世界を眺めるのも、ここでの楽しみの一つです。
まとめ
キャンベラの人口は、一国の首都としてはかなり少なめの43万人(2019年1月現在)です。小都市ならではのゆったりと、そして学びの多いオーストラリア滞在を満喫できる場所です。
シドニーからは、高速バスもしくは飛行機を利用しての日帰り旅行も可能です。時間にゆとりがあれば、電車での旅もおすすめです。
数多くのイベントも催されるキャンベラに、是非足を運んでみてはいかがでしょうか。